Highly transparent multilayer film development story

高透明多層フィルム開発ストーリー

ガラス代替のフィルムをつくろう

高透明多層フィルムの開発は、ウェーブロックホールディングス株式会社が2006年4月、完全子会社として株式会社シャインテクノを設立したところから始まった。耐衝撃性に優れるポリカーボネート樹脂と、傷がつきにくいアクリル樹脂を積層させ、軽くて割れにくく、大型化や耐候性に優れる製品を開発できるめどがついたことから、ウェーブロックHDの木根渕純社長(当時)がゴーサインを出した。

ガラケーの前面板からスタート

2006年はタッチパネルが出てきたころで、いまではガラケーと呼ばれるスマートフォン以前の携帯電話が普及期を迎えていた。シャインテクノは、このガラケーの前面板をターゲットとし、ソニーや韓国のサムスン、LG、フィンランドのノキアなど国内外向けに引合いは活況だった。

スマートフォン前面板のガラス優位性崩せず

しかし、この活況は長くは続かなかった。携帯電話に占めるスマートフォン比率が2010年の4%程度から爆発的に普及したからだ。これに対応して、ガラスメーカーは割れにくく、割れても飛散しない製品を開発してきた。もともとガラスは電気的な特性に優れ、応答性が良い。また、製造過程で異物を許さない点でも一日の長がある。このため、スマートフォン向けの樹脂シェアは、ガラスに取って代わられ、数量が先細りとなった。

そこで、シャインテクノはスマートフォンの液晶画面の裏側の筐体にシフトした。初期の高透明多層フィルムは、厚みが1~1.2mmあり、フィルムというよりシート状だった。これをスマホの筐体向けに0.5~0.64mmまで薄くし、売り込んだ。しかし、高透明多層フィルムは、金属調加飾フィルムと違って競合他社が大手企業を中心にひしめいている。さらに急激に競争力を高めてきた中国企業に押され、筐体向け受注も徐々に減っていった。

車載向けにシフト、試行錯誤が続く

ところで、シャインテクノは2010年4月に、新設会社の株式会社ウェーブロック・アドバンスト・テクノロジーの傘下に移行し、2020年4月に吸収統合されることになる。シャインテクノの2010年代はスマホ向けの落ち込みをカバーするため、ウェーブロック・アドバンスト・テクノロジーとのシナジー効果が得られる車載向けの商品開発を模索する時代となった。ポリカーボネート樹脂は、ヘッドライトのカバーが黄変するように、耐候性が課題となるため、2010年に耐候性を高めたバージョンを開発した。また、水分を吸って寸法・形状が変わるのを成形と印刷で工夫し安定させたバージョンを2018年に開発、イタリアの高級スポーツカーメーカーであるマセラティのカーナビのタッチパネルに採用された。ただ、厚さ1mm前後の厚物シートの価格競争が激化したことなどから、高価な特殊ポリカーボネート樹脂を使った新製品はマセラティ以外には普及しなかった。これにより、厚さ0.3mm以下で耐候仕様、かつ光の複屈折による両端の位相差(レターデーション)値を抑えた薄物フィルムの開発に移行した。2010年代の後半は、スマホ向けの需要がなくなり、車載向けもこれからの段階で、業績は厳しさを増した。

レターデーションを抑え、
VWのヘッドアップディスプレーに供給

2020年代に入り、開発の努力は花開きつつある。まず、独フォルクスワーゲン(VW)の電気自動車(EV)のヘッドアップディスプレー向けに、多層フィルムの供給を始めた。ヘッドアップディスプレーはドライバーの目線に入りやすい位置に速度やナビ情報、燃料補給マークなどを映し出す装置。レターデーション値を通常に比べ約30%抑制の40ナノメートル(ナノは10億分の1)以下に抑え、光源からの映像をストレートにフロントガラスに映し出せるよう改良を加えた。また、表面のアクリル樹脂層を厚くすることで、ハードコートなしでも十分な硬度にして低価格化を図った。

より硬く、成形性・耐候性にも優れたフィルムを開発

2022年には自動車のディスプレー、タッチパネルの大型化に対応して、従来製品と比べより硬く、成形性・耐候性にも優れた高透明多層フィルム「Shinetech® HW-10SU」を市場投入した。フィルムの厚みは0.25mm。鉛筆硬度試験ではハードコートなしの状態でHだったものが3Hとなり、表面硬度が大幅に向上した。さらに、太陽光による黄変スピードを従来品の10分の1に抑え、耐候性においても大幅に向上した。光学特性にも優れている。これにより、曲面的な形状をつくるのが難しいガラスに取って代わる体制が整った。

図表=開発した透明多層フィルムと従来品との性能比較

一関工場を移転、試作ビジネスで新材料に対応へ

ウェーブロック・アドバンスト・テクノロジーは2023年4月、高透明多層フィルムを開発・生産する一関工場(岩手県一関市)を同じ一関市内に移転した。延べ床面積が約2.5倍となった新工場で新たに始めたのが試作ビジネスだ。3種5層を含む各種多層化を可能とする最大800mm幅程度の押出成形機を原材料メーカーや機能性シートメーカーに有料で開放することで、互いに研究開発を高度化していく。植物由来のバイオポリカーボネート、耐熱性や機械的強度が高いスーパーエンジニアリングプラスチックなどの新しい樹脂材料に対応する。この試作ラインの活用・運用により、最新のニーズやマーケットトレンドを業界各社、顧客ユーザーと模索・共有化しながら、新たなプラスチックフィルムビジネスの創出を目指す。多層化技術に加え、これまでに培った生産技術、量産化技術でサポートできる体制が整った。

戦略的な商品開発、車載向けの実績、次を見据えた試作ビジネスと、高透明多層フィルムのビジネスはいよいよ上昇気流に乗る。